大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)1627号 判決

被告人 大橋政一

〔抄 録〕

まず本件の動機としては、被告人にとって中島美津江との結婚を達成するために妻シメの存在が邪魔であったという面もないではないが、むしろ本件の中心的な動機は、大鹿治郎に去られたあとの事業資金等の調達という金銭欲にあったことが認められる。すなわち、大鹿治郎が働らいていたころの大橋工業所の業績は比較的順調で、被告人は妻シメに生活費として毎月一〇万円ないし一二万円を渡していたのであり、妻シメも種苗会社に勤めていたので、被告人としては同女に相当額の貯金があると思いこんでいたのであり、大鹿が去ったあとの事業再建の資金等にこれを充てるつもりでいたのに、意外にも同女から貯金が一銭もないと告げられて困惑し、妻シメを被保険者として保険金最高額を六〇〇万円とする災害特約付の生命保険契約を住友生命保険相互会社との間で締結していることを想起し、右保険金を騙取するための手段として同女を殺害しようと決意するに至つたものである。いうまでもなく大鹿治郎が被告人と別れて独立して事業を始めたことは被告人の怠情な生活態度によって自ら招いた結果であり、被告人が妻シメに生活費として渡していた金員を事業資金としてあてにすることは身勝手といわざるを得ないし、金銭獲得のために妻の生命を犠牲にして省みない被告人の態度が極悪非道であることはいうまでもない。しかし、他方被告人が事業の危機に際して妻の協力を求めたのに、その協力が結果的に得られなかったことが被告人の殺意を誘発した一つの原因であって、被告人が、当初から計画的に利欲のために妻を犠牲にしようと考えていたわけではなく、被告人が殺意を起した後妻の保険金をさらに増額したり、あらたに保険契約を結んだりするほど悪質な利欲性は認められないのである。

また、被告人と妻シメとの結婚生活は、当初妻シメには夫があったのに、その離婚手続が済まないうちに同棲を始めたほど熱烈な恋愛結婚であったが、その後、被告人の放らつな女性関係が同女に知れてから両名の結婚生活は次第に冷却し、本件犯行前三年位は夫婦関係もなかったというのであり、表面上は円満さを装いながらも、実質は夫婦間の信頼関係は失われていたのであり、被告人の家庭は崩壊寸前の状態にあったことが窺われる。もちろん、その責任はもっぱら被告人が負うべきもので、妻シメは年上の分別と寛大さによって家庭の崩壊を防いでいたもので、同女にはなんらの責任もないことは明らかであるが、被告人が金銭欲のため妻の殺害という非常識な道を選んだ背景として右のような現実があったことは無視することができない。従って、本件の場合には、円満な家庭生活の中で行われた犯行に比べると反対動機が若干弱いことを認めることができるから、原判決のように、本件犯行が、最も信頼し合うべき妻を自己の欲望の犠牲にした背信行為であり、世人に強い衝撃を与えたもので極刑に値すると断定するには、躊躇を感ぜざるを得ない。また、本件犯行の手段、方法が残酷であることはもちろんであるが、被告人が妻シメの身体を自己の運転する自動車で轢過する際、顔や頭部は意識的に避けており、轢過後はその身体を道路脇に寄せ、乱れた髪を直してやるなど悪行の中にも永年連れ添った妻に対する人間的な思いやりが僅かに残っていたことが認められる。また、被告人の逮捕が犯行後約三年間も遅れたのは、本件犯行が必ずしも完全犯罪を企図して綿密に計算され、実行された冷徹な犯行であったからではなく、むしろ、被告人は偽装殺人を疑わせる証拠をかなり残しており、警察も当初からその疑いを持ちながら、他の殺人事件の捜査に追われて本件の捜査が遅れたことにその原因があると認められるのである。また被告人は犯行後周囲を欺きながら全く罪悪感を持たずに生活していたわけでないことは、被告人が亡き妻のため墓石を建て、高価な仏壇を購入し定期の法要を営んでいたことからも窺うことができる。以上のような本件犯行の動機、罪質、態様、経緯、犯行後の事情のほか、被告人にはこれまで前科、前歴がなく、長兄として弟妹たちの面倒をみるなど優しい面もあったこと、現在においては本件犯行を深く反省悔悟していると認められることなど諸般の情状にかんがみると、この際被告人に対しては、極刑をもって臨むよりも無期懲役刑に処し、贖罪更生の機会を与えるのが相当であると認められる。したがって、原判決の量刑は重きに失し破棄を免れない。論旨は理由がある。

(浦邊 環 小泉)

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